スタッフのつぶやき

2026.04.01

すぎジイのつぶやき「柳に風」145

本を出版するということ

 このたび本を出版した。

 きっかけは、多くの方から、この<つぶやきコーナー>で紹介した舞台裏のエピソードや私が日常会話の中で断片的に話す裏話をぜひ本にまとめてほしいという声をいただき、背中を押されたからだ。そこで、昨年の定年退職を機に、これまで30年間の舞台芸術の仕事の集大成として出版しようと思い立ったのである。

 内容は、長年にわたり見てきた舞台裏のエピソードや裏話をメインに、北欧への演奏旅行、自ら出演した講演会の講演録『能・狂言と現代社会』ほか、休日の焚き火ライフからプライベートのことまでを150話にまとめたショートショートエッセイ集である。その半分ほどは、このコーナーで連載してきた話を出版用に修正・追加しつつ、残りの半分は新たに書き下ろしたものだ。これまでコンサートホールと能楽堂にご出演いただいた世界的な演奏家や伝統芸能の名人の意外な素顔・言葉、裏方スタッフとしての失敗や企画制作の体験談、仕事の魅力までを縦横無尽に語り尽くしたつもりで、これを読んで舞台芸術を鑑賞していただくと、より一層興味が広がり面白さが深まるのではないかと思う。

 原稿を書き始めたのは館長時代だから7年ほど前からだが、それを昨年4月頃から半年ほどかけて本にするために書き直し、書き足し、9月に出版社へ原稿を持ち込んで出来上がったのが2月。結局1年ほどかかった。出来上がってみると感慨深い。

 本を出すと人生が変わると聞いたことがあるが、多くの方々から感想や気づきをお寄せいただくうちに、その内容が実に様々で個性的で、人ぞれぞれの人生観も感じられる尊い経験になった。出版は私に多くの感動と新たな気づきを与えてくれた。

 現在、Amazonで販売しているほか、コンサートホール・能楽堂事務室で私が出勤している日に直接販売させていただいている。要求されればサインも書くが、徐々に慣れてきたような気もする(笑)。

(すぎジイ)

2026.03.01

すぎジイのつぶやき「柳に風」144

イタリア式ハーモニー

 「テルマエ・ロマエ」などで有名な漫画家ヤマザキマリさんの講演会を聴きに行った。

 ちょうどイタリアで、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックが開催中でもあり、その開会式の芸術的演出について言及しながらの話であった。そのコンセプトは「アルモニア」。アルモニアとはハーモニーの意味で、日本だと一般的に「調和」と訳され、周囲と合わせながらバランスを整えるように解釈されるが、イタリアではむしろオーケストラをイメージするとヤマザキさんは例えられた。つまり、フルートの人がチェロの人にフルートの音を出せとは言わない。ヴァイオリンの人がホルンの人にヴァイオリンの音を出せとは言わない。それぞれの楽器奏者がその持ち味を発揮して、主張しながら全体で交響楽として響き合う感覚。そこに生まれるハーモニーこそが「アルモニア」のニュアンスで、決して個々が自己犠牲にはなってはいないということだ。開催地が、北イタリアのミラノという都会とコルティナという田舎であり、それぞれの地の個性が真逆で同時開催することもアルモニアのコンセプトに沿っている。イタリア発祥のオペラも音楽と演劇の強い個性の共演である。

 スポーツも芸術も人間社会も自然界も、異なるものが個性を発揮しつつ共存する世界にこそ、力の充実した本物のハーモニーが奏でられることをあらためて実感した。

(すぎジイ)

2026.02.01

すぎジイのつぶやき「柳に風」143

Toi  Toi  Toi !

 コンサートが始まり、演奏家や指揮者を舞台袖からステージに送り出す時、この「Toi Toi Toi!(トイトイトイ!)」という掛け声をかける。

 これは、元々ドイツのおまじないの言葉で、「大丈夫!」「うまくいくように!」「成功するように!」などという意味があり、応援や励ましの気持ちを込めて使われる。語源は、ドイツ語の「Teufel(トイフェル)」を略したもので、悪魔を遠ざける魔除けの意味を持っている。古来、悪魔を払うためには、3回唾を吐く行為が行われていたらしいが、それをもじって音で表現したものなのである。テーブルや壁などを拳で「コツ、コツ、コツ」と叩きながら発声するなど、災いを避けるためには、音を発した方が効果的と思われていたようだ。

 考えてみれば、日本でもよく似た風習がある。能楽堂で最も神聖な「翁」を上演する時は、その始まりにおいて火打石を打って邪気を払い、心身ともに神聖な状態になるための儀式が行われる。

 昔も今も、舞台芸術の本番の開演は、どんなベテランも緊張する瞬間だ。おまじないは非科学的な習慣だが、とても人間臭くていいものだ。さて、間もなく本番。Toi  Toi  Toi !

(すぎジイ)

2026.01.08

すぎジイのつぶやき「柳に風」142

アマチュア発表会 あるある

 学生にしろ社会人にしろ、アマチュア団体の演奏発表会には、共通した「あるある」がある。舞台裏で本番に立ち合えば、毎度同じような場面に遭遇するのだ。

 大抵の場合、開演時間のかなり前からステージ袖で待機される。そんなに早く準備すると本番までに疲れてしまうよと思うのだが、皆さんソワソワ心配なのだからどうしようもない。特にご年配の出演者の場合は極端に早く、能楽堂では出番の1時間前に並ぶこともあった(笑)。案の定、疲れてきて、「椅子はもうほかにはないか?」などと訊かれる。

 また、いわゆるリハーサルも全力投球。これでは疲れてしまって本番大丈夫かな?と心配になることはしょっちゅうだ。さらに本番になれば、裏方が手薄で、「ステージマネージャーは?」と尋ねると、「全員出演者として舞台に出ていますから、いませんが・・・。」と言われ、困ってしまうことも多い。客席の扉も開いたままのことが多く、慌てて誰かが開閉に走ることになる。終演後はだいたい写真撮影会となり、舞台はなかなか片付けられない。

 ただ、不思議なことに学生の合唱団は総じてきちんとしている。役割分担が明確になっており、外部の人にお手伝いをお願いし、統制が取れて物事がそつなく進むのだ。様々な利用団体のお客様を相手にしていると、団体によって実に様々なのである。舞台裏から見る「アマチュア発表会あるある」は明日もまたあるだろう。

(すぎジイ)

2025.12.19

すぎジイのつぶやき「柳に風」141

見学対応の面白さ

 今でも毎年何件か、コンサートホールと能楽堂に見学を申し込まれる団体がある。小学生や高齢者、高等専門学校生や高校の音楽コースの学生、どこかの自治区の集まりなどなど、実に様々だ。その都度、建物全体のことから施設の細部にわたる説明を行うが、どの団体もそれぞれ異なる見学の目的があり、求めるものも違う。

 今年来館した高等専門学校の学生は建築コースであるがゆえに、質問もそれなりに個性があって面白いし、観察力も鋭い。「能舞台の橋掛りは僅かに傾斜していませんか?」「パイプオルガンのパイプの形は叩いて作るのですか?」「能舞台の床は季節によって変化しないですか?」等々、一瞬即答しかねるような内容である。まあ、これらの質問によどみなく答えられなければいけないが、どんな質問が出るのか、ある意味楽しみでもある。

 ある時来館した小学校5年生は、課外授業として木材利用の施設を回っている中で能楽堂へ見学に来た。建物だけでなく、木で作られた体験用の能面もご覧に入れたが、「やっぱり材料が木材っていいですね」などと大人っぽいことを述べる子どももいて楽しかった。コンサートホールも能楽堂も大半が木でできているため、どことなく温もりがあり、素材の木が生きている実感を受ける。

 たかが見学、されど見学。見学した人はいずれまた来館してくれる。施設の見学には、こちらも全力投球で対応させていただくのである。

(すぎジイ)

2025.11.05

すぎジイのつぶやき「柳に風」140

炭火を熾すという仕事

 定年退職後の仕事のうち、最も楽しいのは能楽堂の楽屋で炭火を熾すことだ。

 今から四半世紀以上前、初めて能の本番で裏方の仕事に携わった時、年配の能楽師から教えられたのは、「能楽堂の朝一番の仕事は、お茶の準備などをすることではなく、能楽師が楽屋入りする前に、まず大鼓の皮を乾かすための炭火を熾すこと」なのだと。

 古来、大鼓の皮は乾燥していないと張りのあるいい音を出せないため、出番までに楽屋の焙じ室において炭火で皮を炙り、しっかりと乾燥させてから使用することになっている。しかも、その炭は備長炭だ。今もその教えを守り、管理職時代は遠ざかっていたこの裏方の仕事、能の本番日には喜んで務めさせていただいている。

 最初に火種づくり。火消し壺に入っている前回残った炭を炙る。一度使用した炭は乾燥しているから火が点きやすいのだ。そこに新たな小さめの炭を加え、全体に火が点きはじめたら、火鉢の中心に丁寧に置く。その後は、少し長めの炭を組むことによって、やわらかな炭火が熾きてくるのである。あとは大鼓の皮をじっくりと乾かす。能の終演後は、残った炭を火消し壺に入れ、火鉢の中の灰をきれいに整え、道具類を片付け、安全確認をして終えるのであるが、一連の作業がすべて終わってはじめて能が終わったということになる。

 これらは間違いなく仕事なのだが、休日に焚き火をしているのと変わらず、仕事なのか遊びなのかわからなくなることがある。本音を言えば、この炭火で燗をつけ、サンマやイワシでも焼きたいところだが、間違いなく出入り禁止になるだろう。

(すぎジイ)

 

2025.10.07

すぎジイのつぶやき「柳に風」139

舞台裏のアルコール秘話

 本番というものを終えると、解放感からグイっとビールなどお酒を飲みたくなるのは、古今東西同じだろう。コンサートホールや能楽堂の舞台裏でも同様だ。

 演奏が終わってステージから舞台袖に演奏者が退場してきた時に、タオルと水の入ったコップを差し出すことは通例だが、最後のアンコールもすべて終わって退場してきた時は、マネージャーが缶ビールを用意することもある。特に巨匠といわれるアーティストや指揮者に多い。ワレリー・ゲルギエフ、パーヴォ・ヤルヴィ、アンドラーシュ・シフ、他にもたくさんいる。皆嬉しそうだ。

 また、演出としてアルコールを使うこともある。オペラコンサートでオーケストラをバックに声楽家がヴェルディの歌劇「椿姫」の乾杯の歌を歌う場面、ソプラノとテノールがお互いにワイングラスを持って歌い、歌い終えると乾杯をしてグラスのワインを飲む。かつて、ソプラノの佐藤しのぶさんとテノールの市原多朗さんが歌った時のことだ。佐藤さんはワインがお好きで、グラスには本物のワインを入れてほしいと言われ、市原さんは飲めないのでぶどうジュースを入れてほしいと頼まれたのである。私たちスタッフは、即座に近くのスーパーに走り、赤ワインのほかに何種類かのぶどうジュースを買い集め、実際にグラスに注ぎ、もう一方の本物のワインの色に近いジュースを選んだのだった。蛇足だが、ぶどうジュースというものは、普通の赤ワインに比べるとかなり色が薄く、赤ワインに匹敵する濃い色のジュースは、買い集めた物の中で一本しかなかった。

 ワインといえば、能楽堂でも登場した。独特の表現力で鬼才と言われた能楽師・橋岡久馬師にご出演いただいた時のことである。すでに噂では聞いていたが、橋岡師は着物の上にマントを羽織り中折帽をかぶった出立ちで、ワインを好み、フランス語を話す。「唐詩選」を愛読し、お手紙は漢文調という独特な方である。本番当日、まさに噂通りの格好で現れ、楽屋にご挨拶に伺うと、そこにはすでにフランスの赤ワインが置かれてあった。能を舞う前に飲んだのか、舞った後に飲んだのか、それは私たちにはわからない。

 舞台裏には様々なアルコール秘話があるのである。

 

 

2025.09.28

すぎジイのつぶやき「柳に風」138

三島由紀夫「金閣寺」と水上勉「五番町夕霧楼」

 学生時代、下宿から大学へ行く途中に金閣寺があった。とても身近な存在だった。雪の金閣は殊に美しく、それだけでも京都に下宿してよかったと思う。

 さて、この二つのタイトルの小説は、どちらも過去にあった金閣寺放火事件をモチーフにした名作である。三十数年ぶりに、あらためて二冊を読み比べてみた。

 三島の「金閣寺」は、美に対するコンプレックスと苦悩が、絢爛な言葉と緻密な描写で「滅びの美学」として描かれているのに対し、水上の「五番町」は、社会の底辺に生きた遊女と金閣を燃やさざるを得なかった寺の小僧を通して、人間の愚かさ醜さ悲しさと、切ないほどの優しさが描かれている。京都弁も美しい。文学的な完成度はいざ知らず、昔も今も、私はやっぱり水上勉の「五番町夕霧楼」の方に胸が熱くなってしまう。

 読書に夢中になってふと気がつけば、外では蝉から秋の虫の声に変わりつつある晩夏の夜、静かなる感動のひとときを味わいながら、金閣寺を懐かしんだ。

2025.09.10

すぎジイのつぶやき「柳に風」137

人情噺こそ落語の醍醐味

 落語には大きく分けて「滑稽噺」と「人情噺」がある。

 滑稽話とは、文字通り滑稽な笑い噺で最後にサゲ(落ち)があるもの。落語の大半がこれにあたる。人情噺は夫婦や親子、男女の情愛を主題にして情感たっぷりに話すもので、笑いだけでなく悲しみも描かれ、まさに話芸・語り芸の真髄が味わえる。豊田市能楽堂にたびたびご出演いただいた古今亭志ん輔師匠は、人情噺の名人であり、何度聴いても、また噺の内容がわかっていても思わず引き込まれてしまう。またやられた、という感じだ。

 同じ人情噺を若手の真打が演じると、歯切れがよくても、どうも途中で聴き飽きてしまう。これは何だろうと、よくよく考えてみると、「間」の取り方に違いがあるのではないかと気がついた。志ん輔師匠の噺は、言葉のない瞬間が結構ある。こちらに気持ちを深める時間ができる。若手の噺はこちらに深める「間」が与えられないのだ。そのあたりが名人の技量なのか人生経験なのか。いずれにしても、志ん輔師匠の話芸はリアリティがあって登場人物に没入してしまう。

 終演後、お客様は皆、噺の主人公である大工の熊五郎のような表情をして客席からロビーへ出てくるのである。

(すぎジイ)

2025.08.22

すぎジイのつぶやき「柳に風」136

小野小町が、最後に求めたものは? ― 人間の驕りと仏への救済 ―

 美しく華やかなものが朽ち衰えてゆくのは世の常だ。能の名作「卒塔婆小町」はそこに光をあてる。

 道端の朽ちた卒塔婆(墓標)に腰掛ける老婆。それは、かつて美貌と才覚を誇り慢心し、多くの男たちを虜にした小野小町のなれの果てであった。華やかな昔に比べ、今や衰え果てた老婆は、垢にまみれた衣を身にまとい、物乞いをしながら歩いている。小町の驕慢とかつて彼女に恋慕してきた幾多の男たちの恨みゆえ、その業の報いを受けつつなお生きながらえる小町。悲哀の末の最後は、仏の慈悲に救いを求め、ひたすら悟りの道を願うのであった。

 美しさとは何か、老いとは何か、愛憎とは。人生の栄枯盛衰の様々な局面が凝縮された見どころ多い名作能が「卒都婆小町」である。豊田市能楽堂でも何度か上演し、名演に出合った。美しかったものが崩れてゆく道。若さを誇ってきたあなたが深い感動に包まれるひと時になる。

(すぎジイ)

2025.08.07

すぎジイのつぶやき「柳に風」135

奥様のダメ出し

 「全然響いてないわよ!」「もう一度やり直してみて!」

 コンサートホールでリハーサル中に、演奏家の奥様の声が響き渡る。

 男性アーティストの中には奥様と同伴で楽屋入りして、リハーサルを聴いてもらいながら指摘やアドバイスを受ける人がいる。横で見ていて微笑ましいが、かなり手厳しいご意見も多く、奥様のダメ出しはズバリ容赦ない。まあ、アーティストであるご主人の癖も性格もわかっているわけだから、そのご指摘はもっともであるし、真剣に耳を傾ける旦那の方も奥様を信頼しきっていることがわかる。

 本番になると客席で聴く奥様もいれば、ステージ扉の小窓から心配そうに見守る人もいる。いずれにしても、その結果ひとりよがりにならず、期待以上の舞台パフォーマンスが生まれるのは確かだ。何事もダメ出しをされると、人は落ち込んだり腹を立てたりするものだが、最も身近な人の場合は説得力が違うのだろう。

 ある時、海外の男性アーティストに付き添ってきた現地のマネージャーらしき男性が外国語であれこれダメ出しをしていた。珍しいケースだなあと眺めていたが、後で聞くと、実は二人は恋人同士だったようである。

(すぎジイ)

2025.07.19

すぎジイのつぶやき「柳に風」134

ロビーからの絶景

 豊田市コンサートホールは建物の十階にある。それだけでも珍しいことかもしれないが、高い位置にあることにより晴れの日はロビーからの眺めが実に素晴らしい。遠くに日本を代表する山岳地帯「中央アルプス(木曽山脈)」や「南アルプス(赤石山脈)」の絶景が一望できる日本で唯一?のコンサートホールとして有名だ。冬の空気の澄んだ日はことに美しく、雪山の姿がかなりくっきりとした輪郭で眺められる。

 美しい音楽を聴き、美しい雪山を借景として眺められるとは、なんと贅沢なことだろう。ただ、近年は周りに高層建築物が増えてきたため、どの位置からも眺められた風景が少し限定されてきたのは残念でならない。豊田市は実は自然が多い。中央に矢作川という一級河川が流れ、遠方に山々が連なる。コンサートホールのロビーは、まさにそれが実感できる場所なのである。

 そして、夏は花火だ。矢作川の河川敷で毎年夏祭りに行われる花火大会は全国有数のもので人気が高く、市外・県外からも大勢の人が訪れる。これを空調の効いたコンサートホールの窓から、眼下に人の波を見つつ、悠々と眺められるのは実に気持ちいい。でも、花火はやっぱり仕事場ではなく、外でうちわを扇ぎながらビール片手に見るべきものであろう。

(すぎジイ)